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2000/04/18 「おかしな男 渥美清」 

本日の仕事は平穏。帰宅してから、「おかしな男 渥美清」(小林信彦/新潮社)読了。横山やすしを描いた時の、小林信彦のどこか突き放したような書き方は、東京人である著者特有の関西人嫌いからかと思っていた。しかし、同じく東京の下町出身の渥美清を語っても、やっぱり冷徹で突き放したような印象を与えるのは、著者そのものの他者との距離の取り方が独特だからだろうか。いわゆる「東京人の照れ」とはまた違ったドライさ。こういう評伝で他者を語っても、そこに作者が透けてみえるのが文章というものの面白さだろうか。

それにしても、やはり一流になる芸人というのは、ある意味、普通の人間ではない。狂おしいまでの上昇欲、ライバルに対する猜疑心、ストリップ劇場上がりのコメディアンと蔑まれながらも、毀誉褒貶の激しい芸能界をしたたかに生き抜く強靭な精神と凄まじいまでの孤独。

渥美清は、自分自身を「狂人」と自嘲するが、ここに描かれているのは、オバチャン達に親しまれたあの銀幕の「フーテンの寅さん」ではない。もっと異形の、何かにとり憑かれたかのような激しさで芸能一筋に生きた男の実像である。

渥美清、本名田所康雄。1996年8月4日に肝臓ガンで死去。享年68歳であった。同時期の喜劇人、藤山寛美もハナ肇もフランキー堺も60歳前半ですでに故人。生活の荒れるコメディアンの寿命は短い。残るは森繁ばかりなり。そういえば森繁も、渥美清よりずっと先輩のはずだが、なにかの手違いでお迎えのリストから漏れているのかもしれないなあ。<おい。

この本の渥美清の言葉で一番印象に残るのは、著者が60才の渥美清と街でばったり会った時の彼の言葉だ。

「朝起きる前から身体が痛いんだよな。節々が。そんでもって、外をあるってて、子供がちょろちょろしてるのを見ると妙に腹が立つの。…で、ふと考えるとさ。こっちが餓鬼の頃、町内になんだか知らねえけど、気むづかしくて、おれたちを怒鳴りつける爺さんがいたよ。ああ、あの爺さんが今のおれなんだって気がついた時には、なんか寂しいものがあったね」
渥美清は天性の座談の名手だったという。軽妙な口調からもそれは伺えるが、それ以上に心に響くのは、フーテンの寅を演じるのに疲れきったコメディアンの疲れと老残である。