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2000/05/21 フェルマーの最終定理

昨日の夕方、ブラリと外に出ると、雨の中を町内ごとの神輿が出て、街はたいへん賑やかである。

とある神輿の近くで出くわしたハッピ姿のオヤジが会釈する。なんだか顔に見覚えがあると思ったら、上の階に住んでるうちのマンションの大家である。やあ、どうもどうも。なんでも当地で3代続いた天ぷら屋なんだそうだが。

こういう下町伝統のお祭りってのは、地元出身でここにずっと住んできた人にとっては、子供の頃から慣れ親しんだ生活に必須の年中行事なんだろうなあ。仕事で引越しを繰り返し、たまたまここにやってきて、いずれはこの場所も通りすぎて行く身としては、なんだかうらやましいような気もするわけで。

昨日の夜は、「フェルマーの最終定理」(サイモン・シン・青木薫訳/新潮社)読了。ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで、と副題がついている。フェルマーの最終定理というのは、数学界の超難問といわれ、およそ3世紀にわたって幾多の数学者が証明に挑んでは失敗した問題であったが、プリンストン大学教授であるイギリス人の数学者、アンドリュー・ワイルズが近年ついに証明に成功した。その物語をTVドキュメンタリーにしたてたBBCテレビの番組を元に、著者が解明への過程を描いた本。

ピエール・ド・フェルマーというのは、17世紀のアマチュア数学者で、数学上のいくつもの発見をした人物であったが、蔵書の余白にこのようなメモを残した。これがフェルマーの最終定理とよばれるものだ。

3以上の自然数nに対して、 Xn+Yn=Zn を満たす整数解、X,Y,Zは存在しない。私はこの命題の真に驚くべき証明を持っているが、余白がせますぎるのでここに記すことはできない。
フェルマーというのは、どういうわけかもったいぶった人で、この他にも色々な証明を残しているのだが、これは書けない、あれは書けないと、やたらに秘密にしてるのである。

この式で、「n=2」の場合が有名なピュタゴラスの定理(直角三角形の長辺の二乗は他の2辺の二乗の和に等しい)であって、この式を満たす整数解(X,Y,Z)の組み合わせは無数に存在する。

n=4の場合に解が存在しないことの証明は、フェルマー自身が別の著作に書き残している。n=3の場合に解が存在しないことは、18世紀にレオンハルト・オイラーが証明した。しかし、それ以降証明はまったく進展なし。現代のコンピュータを利用した力まかせの検索によっても、解は見つかっていなかったが、整数は無限大に続く。解がまだ見つかっていないのと、本当に解が存在しないのとは別問題だ。しかし、ついにフェルマーの最終定理は真であることをワイルズが証明したのである。

現代の純粋数学理論というのは、門外漢に理解できるようなシロモノではないのだが、一応、この本は一般の人にも分かるように製作されたBBCテレビの取材を元にしている。理解した範囲で、どういう経緯で証明がなされたかをまとめてみよう。もっともこれが正確かどうかは責任持てないけど。

  • ワイルズの専門は、楕円方程式を扱う楕円曲線論であった
  • 一方、数学には、対照性を扱うモジュラー形式という領域がある
  • 楕円方程式とモジュラー形式は、そもそもまったく関係のない数学領域であると考えられていた
  • しかし、日本の谷山と志村が、「すべての楕円方程式はどれかのモジュラー形式に関連づけられる」という「予想」を立てた
  • この「予想」は証明されなかったが、少なくとも反証は見つからず、この「予想」が成り立つ前提で、多くの数学的進展がある
  • 1984年、ドイツのフライが、「フェルマーの最終定理にもし解があったら、式を変換すると楕円方程式となる」ことを示す
  • しかし、同時に、その方程式は異常な性質を持ち、モジュラー形式と関連がないことを立証
  • そうすると、フライの方程式が成り立つなら、「谷山=志村」予想は成立しない
  • 逆に、「谷山=志村」予想が成立するならば、フライの方程式は存在せず、フェルマーの方程式は解を持たない
つまり「谷山=志村」予想を証明すれば、フェルマーの定理が真であることが証明できたことになるということが明かになった。子供の頃から、フェルマーの定理の証明が夢であったワイルズは、フェルマー定理の証明問題が、まさに自分の学問領域と結びついてきたことに力を得て、たったひとりで7年に及ぶ「谷山=志村」予想の証明に没頭。ついに、1993年にフェルマーの定理が真であることを証明したと発表したのであった。

しかし、この話にはまだ後があって、その証明にある種の穴があることが判明。ワイルズは更に証明の手直しに挑み、コリヴァギン・フラッハ法に岩澤理論を組み合わせることでそのギャップを乗り越える。オイラー系の構成に関するギャップをヘッケ環が局所完全交叉であるという仮定を導入することによって完成したということになっている。(←しかし、書いてても、いったい何のことなのかさっぱり分からんなあ。もっとも、こういう話が分かるのは、世界でもトップクラスの数学者だけらしいから、分からなくて当たり前なわけである。気にせず先に進もう)

このワイルズの証明は、20世紀の数論におけるほとんどの重要な成果とテクニックを縦横無尽に使って証明に成功した、数学史上偉大な業績であるといわれてるそうだ。この本は勿論専門書ではないが、読み物として、紀元前に遡る数学、特に数論の歴史を分かりやすく解説し、フェルマーの定理の証明に至る道を、まるで壮大な歴史小説を読んでるかのように、手に汗握る読み物として読ませるところが優れている。

あれこれと興味深いエピソードをちりばめて、純粋数学の魔力に魅入られたように研究に没頭する数学者達の素顔を描き出すことにも成功しているのは、著者のサイモン・シンがケンブリッジ大学院で素粒子物理学の博士号を取得している研究系の人であることも影響しているだろうか。イギリスでもベストセラーになったそうだが、納得できる本である。