昨日の夜は、「わがゴルフ闘争記」(アーノルド・パーマー/財界通信社)を読了。マスターズ4回を含む幾多のメジャー優勝。あくまでも攻めに徹する攻撃的ゴルフで、カリスマ的人気を誇り、1960年代のアメリカのゴルフ・ブームをジャック・ニクラウスと共に築き上げた伝説的プレイヤーの自伝。
労働者階級の家に生まれたパーマーが、厳しい練習に励んで、果敢なチャレンジ・ゴルフにより人気を得て、プロ・ゴルフ界の頂点に登り詰めてゆく軌跡は、第2次大戦後のアメリカの経済の繁栄と世界制覇の軌跡とダブって見える。パーマーは、届く可能性があるパー5であれば、たとえグリーン直前にクリークがあっても、恐れずに必ず2オンを狙って打っていったらしい。幾多の劇的な勝利も納めたが、チャレンジが裏目に出ると、劇的な逆転負けもさんざん食らっている。
これを読んで、ケビン・コスナーの「ティン・カップ」を思い出した。あの映画でも、コスナー演ずるゴルフ・プロは、予選から勝ちあがった大きな大会で、果敢に2オンを狙い池にボールを落とす。しかし、ギャラリーのため息をヨソに、何度も同じショットを繰り返してボールを同じく池に落とし、自ら自分の優勝をフイにしてしまうのだが、ああいうシーンは、ちょっとアーノルド・パーマーのゴルフを思い出させる。もうひとつは、アーノルド・パーマーの若い頃の写真を見ると、ケビン・コスナーによく似てるのである。多分、ケビン・コスナーも、あのゴルフ映画を撮る時には、ちょっとパーマーを意識したに違いない。 そうそう、余談だが、この本に出てるアーノルド・パーマーの若い頃の写真を見ると、ケビン・コスナー以外にも、JFK暗殺のオズワルドや、元49ersのジョー・モンタナなんかとも似てるわけである。案外、アメリカ人には多い顔なんですなあ。<よりによってオズワルドまで引き合いに出さんでええっちゅうの。 |