「刑務所の中」(花輪和一/青林工藝舎)を読了。花輪和一は、平安時代を舞台にした実に奇妙な雰囲気のあるマンガが印象に残っている。彼は、銃刀法違反で逮捕され、3年間の実刑判決を受けて、1993年から実際に刑務所暮らしをした。これは自分の刑務所暮らしをルポした異色のマンガである。 出版された時、買おうと思って忘れていたが、昨日銀座旭屋で購入。初版が7月で、買った本の奥付は、9月ですでに第6刷だから、結構売れてるのだなあ。 大藪春彦も、昔、本物の拳銃を所持していて銃刀法違反で逮捕されたらしいが、それにしても、マンガ家が趣味のモデルガン集めが昂じて本物の拳銃を手に入れて、山中で試験発射したというだけで、執行猶予無しで3年の実刑を出すとは、裁判長も大盤振る舞い、ずいぶんと豪気な判決である。殺人罪でも7年の実刑って奴もいるというのに、世間知らずで厳格な「法律オタ」の裁判官に当たってしまった不幸というか。 私自身は、刑務所に入ったこともないし、今後の人生において入る予定もまったくない(←当たり前です)。ま、そういう人生を送りたいものである。しかし、未知の世界というのはやはり覗いてみたいもの。安部譲二の有名な「塀の中ウンヌン」シリーズは別として、何冊も刑務所の内実を描いたドキュメンタリーを読んだことがあるのだが、これは刑務所実録物のなかでも出色の出来だ。 花輪和一が描くのはマンガということもあるが、独特の筆致で丹念に描きこまれた拘置所や刑務所の独房、刑務所暮らしの細部が実にリアルである。特に驚くのは、毎日の食事を朝昼晩と何日分もよく記録してたなあ、ということで、こういう細部が妙に印象に残る。 囚人の服装と刑務所内の色々な規則、入浴や消耗品の購入や洗濯などの日常についてもエラク細かく書いてるので、実際に刑務所へ行く時には、実に役にたつガイドにもなろう。いやいや、別に私は行く予定は無いのであるが、行く予定のある人には事前に一読をお勧めしたい。 もっとも、花輪のこの本が一種独特の奇妙な雰囲気を持っているのは、花輪自身に、外の世界、いわゆる娑婆への執着があんまり感じられないからだ。自身の不幸な生い立ちや、家族を持たない自由な生活を送っているせいもあるのかもしれないが、刑務所生活のありのままを淡々と受けとめる描きっぷり。偏執的ともいえる観察眼の鋭さとあいまって、それが逆に、現実から切り離されたムショの世界の独特の寂寞を際立たせている。これが作家としての計算だとしたら凄い。 しかし、本当に「官」はどうでもいいような細かい規則を作ってそれを守らせるのが好きである。まあ、刑務所にいるのは刑罰だから自由が束縛されて当然ではあるが、やはり行きたくない場所だなあ。 |