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2001/02/19 トリックアート・トリップ / 善魔女のパン

「トリックアート・トリップ」(福田繁雄/毎日新聞社)読了。ビルの壁面にペンキで描かれた本物そっくりの偽りの窓やドア。本物そっくりにできた陶器のサラダや野菜。見る方向によってまったく形を変えるオブジェ。この本は、グラフィック・デザイナーの著者が、世界のあちこちのトリック・アートを巡った記録。毎日新聞日曜版の連載を本にしたらしいが、写真満載で、眺めるだけでもなかなか面白い。

それにしても、欧米には、実にあちこちにビルの壁面にダマシ絵が描かれているもんである。専門のトリック・アーティストもいるらしい。そういえば、O・ヘンリーの短編、「最後の一葉」にあるような、ビルの壁に絵の具で描かれたツタの葉も、一種のトリック・アートと呼べるかも知れない。

つれづれなるままにO・ヘンリーをネットで検索。「最後の一葉(The last leaf)」、「忙しい株式仲買人のロマンス(The Romance of a Busy Broker)」、「賢者の贈り物(The Gift of the Magi)」、「二十年後(After Twenty Years)」。題名見ただけで、結構思い出すもんだなあ。

いかにもO・ヘンリーらしいという印象が残ってるのは、「善魔女のパン(Witches' Loaves)」だ。

もう中年にさしかかった独身女性が一人で切り回す町のパン屋があった。その店に、ドイツ訛りのある初老の男が、週に何度かやって来るようになり、安売りの古いパンの固まりを買って行く。焼きたてを勧めても、彼はいつも安い売れ残りのパンしか買わない。彼女は彼を貧乏な画家だと思い込み、いつしか淡い恋心を抱くようになる。

そしてある時、彼女は彼が買った安いパンの固まりに、彼がよそ見している隙に、切れ目を入れて、そっとバターの固まりを塗ってやる。貧乏な画家が、部屋でいつもの貧しい食事をする時に、パンにそっとバターを忍ばせた私のことを思い出してくれるだろうか。

ところが翌日、店に興奮して現れたその初老の男は、「なんてことをしてくれたんだ、この魔女め!」と口汚なく彼女を罵る。一緒に来た若い男が、彼をなだめて連れ去りながら、彼女に説明をしてくれた。

「彼は建築家で、市のコンペに出す市庁舎の設計図を書いてたんですよ。何ヶ月もかかってようやく完成して、あとは鉛筆の下書きを消すだけになったんです。我々は鉛筆の下書きを消すには、古いパンを使うんですよ。消しゴムよりよく消えるんで。だけど、なんというか。あのバターがねえ…。ともあれ、彼の仕事はすべてオシャカになっちまったってわけです。」

ためいきをついた彼女は、新調した綺麗なブラウスからいつもの古い店着に着替てパン作りに戻り、その男は2度と店に顔を出すことはなかった。

善意のすれ違いによる苦い人生の一断面。心温まる物語の奥に潜んだ運命の輪。実生活でのO・ヘンリーは、横領事件での逮捕・投獄や、愛妻の死に直面した壮年期の後、ニューヨークで流行作家となるが、アルコールで身体をむちうっての無理な執筆活動で身体を壊し、肝硬変で死亡。享年47歳。O・ヘンリーの物語にいつも影を落としているのは、彼自身の癒しようのない孤独である。