「ジャック・ウェルチ わが経営」、上巻のほうだけとりあえず読了。GEを空前の繁栄へと導き、長年経営トップに君臨したCEO。最近、引退した、ジャック・ウェルチの自伝。本屋にはビジネス書の欄に山ほど積んであるから、ずいぶん売れてるのだろう。 読んだ本の感想書いてある過去ログ見てもらえば分かるのだが、普段はこの手のビジネス書は読まない。しかし、ジャック・ウェルチという一種の「怪物」にちょっと興味があったので買ってみた。 アメリカ東部、ニューイングランドに生まれた、貧しく学の無いアイリッシュ移民の両親を持つ少年が、大学、大学院と進学し、博士号を取ってGEに入社。徒手空拳で、あくなき闘争心をバネに社内出世の階段を上り、ついにアメリカを代表する超巨大企業のトップに君臨する。アメリカン・ドリームそのもののサクセス・ストーリーだ。 上巻は、ウェルチの子供時代からGEの会長に任命されるまでを描く。前半で印象的なのは、ウェルチの母親。敬虔なカソリックで、厳しく、しかし愛情を持ってウェルチを育てたことが述べられている。 しかし、余談だが、この母親の描写は、スティーヴン・キングがよく小説に描く母親像にちょっと似ている。そう。息子を強権で理不尽に支配し、君臨する恐ろしい母親。キングの何らかの幼児体験が投影されているのだろう。「ミザリー」の監禁女や、「デッドゾーン」の殺人鬼の母親が代表例だ。で、なんとなくだが、ウェルチの母親は、どこかちょっとこういう狂信的な母親像を彷彿とさせるところがあるのである。ま、余計なお世話ではあるのだが。 それにしても、なぜウェルチがこれほどの成功を収めたのか。官僚的と言われたGEで、「型破り」、「野心家」と言われながら、異例の速さでウェルチは出世の街道を駆け登っていった。 自分の上のジェネラル・マネジャーが転属になると知ったウェルチが、そのまた上役に、「自分がいかにその後釜に適任であるか」をあらゆる機会を捕らえて訴え、そのポジションに昇格させてくれと迫る場面がある。 日本の企業社会の風土なら、ヘキエキする「野心的態度」として逆効果になりかねない行動であるが、アメリカの企業社会では、これはけっこう普遍的な態度だ。アメリカで働いてる時には、何度もこういう行動を見聞した。 ま、しかし、この程度でトントン拍子に出世するなら、アメリカ人全員がCEOになってるはずである。ウェルチ自身は、あれよあれよという間に副会長まで出世したような書きっぷりなのだが、まあ、よほど権力と昇進に汲々として、実績上げるために部下を締め付けてガリガリやったんでしょうなあ。やはり本に書かれていない部分が、ずいぶんあるような気がする。 この本の後半部分で興味深いのは、ウェルチが、7人いる副会長になってからの、激烈な後継CEOレースについて描かれている部分。アメリカの超巨大企業で、どのように次期の最高経営責任者を決めるのか、そういう内幕を探る視点で読むと、なかなか興味深い。 もっとも、この自伝は、レースに勝ち残ったウェルチにより書かれているのだから、レースに敗北した人間が本当に適任でなかったかどうかは割り引いて判断する必要があるだろう。 しかし、ウェルチは、GEの会長に就任してから、「ニュートロン・ジャック」と揶揄されながらも素晴らしい業績を上げ続けた。経営者の業績は数字だけが語る。よい人だったと語り継がれても、会社の業績がボロボロになれば、やはりそれは無能、ボンクラな経営者である。このウェルチの素晴らしい実績には、誰も太刀打ちできない。 成功に成功を重ね、ついに引退した男は、すでにもう晩節を汚すこともない。自慢とも取れる語り口が、さほどイヤミに響かないのも、ウェルチ自身の凄まじい成功がもたらした、甘美なるオーラである。 |