今週は、大して忙しくないはずなのだが、そういう時に限って、なんだかんだとツマラン用事が入ってくる。かないませんなあ。 「田中角栄 消された真実」(木村喜助/広文堂)読了。著者は、ロッキード事件で起訴された、田中角栄元首相の弁護人。 ロッキード事件の捜査は、贈賄側とされるロッキード社のコーチャンやクラッターに、日本での刑事訴追からの免責を与えるという、日本国のどんな法律にもない、極めて異常な状況で行われた嘱託尋問の調書に、その大部分を負っている。被告側の反対尋問の権利を奪ったこの嘱託尋問は憲法違反だ。日本側の調書も、予断を持った検事による強要や事実の捏造だらけであり、田中角栄は無罪であったという主張をしている本。 もっとも、田中事件の権威(?)立花隆によれば、このコーチャン、クラッターの嘱託尋問調書は、最終的には最高裁で証拠採択が拒否されている。従って、田中擁護論者の、憲法違反論議は成り立たないということになる。 もっとも、すでに形成されてしまった心証や、捜査の方向付けやら、強要された(強要があればだが)調書まで取り消せるわけではないから、憲法違反かどうかは、なかなか難しいところだ。 OJシンプソン事件でも、裁判官が、「これは証拠として採択してはならない」と排除した証拠があるのだが、人間は、一度聞いたら、磁気メモリーのように記憶をデリートできない。明らかに陪審には影響を与えた証言があった気がする。 当時のメディアは、田中角栄逮捕を受けて、角栄を「落ちた偶像」として嬉々として叩きに叩き、「角栄」イコール「金権」。金の亡者、極悪人、人非人、大犯罪者という扱いであった。その熱にうかされて、あまり気づかないのだが、裁判の記録を読むと、検事の描いてみせた、ロッキード事件の犯罪ストーリーには、確かにどうも、フに落ちないところが多いのである。 丸紅の桧山会長は、昭和47年、角栄の私宅に朝の陳情に行き、全日空がトライスターを採用してくれたらロッキード社が5億円払う用意があると角栄に話す。角栄は、「よしゃ、よしゃ」とすぐに協力を約束。これが、有名な、ロッキード事件の請託ストーリーだ。 しかし、桧山は、角栄とこの時が初対面。角栄邸の朝の陳情は有名で、門前市をなすように、毎日何十組が順番待ちをしており、面会時間は、流れ作業で、各組数分から10分。総合商社とはいえ、丸紅は非財閥系で、下位のほう。特段、政治に抜群に強い会社ではない。 普通、民間人が、初対面の一国の総理に、ワイロを提供して協力をお願いするなどという行為ができるだろうか。初対面の人間から、ワイロ渡すといわれて、一国の総理が、「よしゃ、よしゃ」とふたつ返事で、あっさりオッケーするものかどうか。 当時のメディアの雰囲気では、角栄なら、金が貰えると聞くと、すぐに「よしゃ、よしゃ」とオッケーするに違いない、となったのだが、今になって虚心に振り返ってみると、どうもおかしな話である。どちらにも、人間としての矜持というものがドコにもない。本当にそうだったのか。 5億円といわれるワイロの受け渡しにしても、その受け渡し場所は、実にあいまい。領収証には、「ピーナツ」や「ピーシーズ」と書かれてるだけ。しかも、検察側の主張を信じるならば、角栄に5億円が渡ったのは、全日空がトライスター採用を決めてから半年後だ。コーチャンやクラッターは、別に田中角栄に金を払ったという証言をしているわけではない。5億円が田中角栄に渡ったという直接の証拠は、ほとんど無いのであった。 まあ、有罪になったご本尊は、すでに鬼籍の人でもあり、今後、ロッキード事件について新たな真実が明らかになる可能性は実に薄い。しかし、今振り返っても、実に奇妙な事件ではあった。 |