「調理場という戦場」(斎藤政雄/朝日出版社)読了。港区のフレンチ・レストラン、「コート・ドール」のシェフ、斎藤政雄が、自らの若きフランス修行時代を語った一種の修行記。 Web日記読んでもそうなのだが、自分とはまったく違う人生を送っている人の一代記というのは、実に興味深い。そして、この本は、異国の料理店で奮闘する、若い日本人青年の追憶として興味深いのと共に、著者が調理場で体感した日仏文化の違いや、料理人の修行を通してみた仕事論としての部分に読みごたえがある。 「フランスの有名店で修行した」という表現はよく聞くが、1年や2年では、皿洗いやイモの皮むきで終わりという話を聞いたことがある。この著者は、ほとんど何のコネもないまま渡仏し、調理場という「戦場」を渡り歩きながら、外来の「ジャポネ」として全身全霊で12年間働いた。最後には、ベルナール・パコーの右腕として、たった2人で「アンブロワジー」を立ち上げ、ミシュランで2つ星を獲得したのである。 「こいつは牙をむくかもしれない、ということを相手に分からせておかないと、グロッキーになるまでコキ使われて終わる」、「フランスは大人の国で、実力がなければダメというシンプルなよさがある」などなど、実際に外国で下積みから働かないと決して分からないような感想がサラリと書かれているところにも、実体験だけが持つイブシ銀の輝きがある。 著者の生活感覚も興味深い。フランス料理修行に行って、最低の家賃で屋根裏に住みながら、お金を節約して有名レストランを回る。著者の修行時代にも、そういう人は沢山いたそうだが、この著者は、給料のかなりを費やして、きちんとしたアパートメントを借りている。 「ふだん、最低の屋根裏で生活している人が、大統領も来る最高峰の店に行っても、店にシビアに値踏みされていることすら分からない。これは恐ろしいことですよ」と著者は言う。 「自分の器以上のものを追求することはしなかった」と簡単に書いているのだが、そういう地に足のついた思考そのものを身につけるのが難しいのであって、彼の料理人としての成功も、おそらくそういう資質にあるのだろうと思わせる本である。 |