「不可触民と現代インド」 (山際 素男 光文社新書)読了。 インドに留学中の著者がインド人の車に同乗させてもらっている時、運転手が道端の農夫を轢いた。後部座席に座ったインド人は、運転手にただ、「そのまま行け」と合図し、車は農夫を置き去りに走りつづける。被害者が死んだに違いないこの交通事故は、新聞にも載らないし警察沙汰にもならない。知り合いのインド人誰に話しても、「ま、大したことじゃないさ」と肩をすくめるだけ。はねられた農夫は、いわゆる「不可触民」と呼ばれる「低カースト」だったのだ。 インドのカースト制度が宗教や社会構造にまで根ざした深い差別問題であることは、日本でさえ、小学校・中学校の教科書にも載ってるようなことである。しかし、その実態はほとんど知るものはない。インドはやはり遠い国。 この本には、これを読んで初めて知った面白いことがあれこれ書かれている。例えばこんな。 ・カースト別人口統計は、1930年以来公表されていないが、ブラーミン(バラモン)5%、クシャトリア7%、ヴァイシャ3%。残りが被支配階級で、シュードラ60%、不可触民他が25%。 ・ガンジーは、インド解放を求めイギリス植民地支配と戦った人であるが、彼にとってのインドはカースト制度と分かちがたく結びついていた。カースト制の廃止など、彼にとっては思いもよらぬこと。不可触民の「分離独立選挙」運動に、ガンジーは「死の断食」で抵抗する。「不可触民が独立するというのなら、私の死体を超えて行け」ということである。不可触民カースト代表のアンベードカルは、このガンジーの「脅迫」に屈した。 ・近年のDNA調査では、ブラーミン等のインド上位カーストは、遺伝子的にヨーロッパ人種に近く、いわゆるアーリア人のインド侵入と支配によって固定した支配階層がそのまま現在のカースト制度を形成しているのではという研究もあること。(まあ、これは本当かどうかマユツバであるが) ・低カーストから優先的に公務員を採用するなどの「インド版」アファーマティヴ・アクション制度があって、すでに何百万人も低位カースト出身の公務員がいること。 などなど。 インドのカースト制度は、被差別層のほうが圧倒的に多く、しかも今でもその差別が社会的にも維持されている等、民族的、社会的にも実にスケールが大きい。アメリカで仕事してる時でも、インド人とは何人も一緒に仕事したが、こういう問題はやはり一種の「タブー」であって、こちらから聞いたことはない。まあ、日本人の書いたこの本がカースト制度への正しい理解を示しているかどうかは分からないが、なかなか興味深い本だった。 |