「あなたの人生の物語」(テッド・チャン/早川文庫SF)読了。 今や日本の本屋では、よほどの大規模店でないとSFの棚があるのが珍しいくらい。しかし、アメリカの本屋に入ったことのある人なら分かると思うが、あっちではまだまだ「Science Fiction」の棚が隆々として健在なのである。アメリカ映画を見てもSFというジャンルでくくれる作品が毎年目白押し。裾野が広いので、ヒューゴー賞、ネビュラ賞等を取った作品には割とハズレがない。日本の芥川賞や直木賞よりもずっと「アテになる」賞かもしれない。 で、この本は、短編で立て続けにヒューゴー賞、ネビュラ賞を受賞したSF界の新星、テッド・チャンの短編集。 地球を訪れたエイリアンとのコンタクトを担当した言語学者が、まったく異なるその言語体系と文化を理解するにつれ、その認識能力に変化を起こして行く。そして訪れる変容。時空を突き抜ける知覚と追憶を詩情あふれるタッチで描いた表題作、「あなたの人生の物語」が素晴らしい。カート・ヴォネガット・ジュニアの「スローターハウス5」を思い起こす部分もあり。 「バビロンの塔」、「理解」、「地獄とは神の不在なり」、「七十二文字」。どの短編にも新鮮な驚きと読み進める喜びがある。充実した短編集。 天の壁に突き当たるバビロンの塔とそこに穴を穿つエジプト人。雷鳴と共に地が裂け、回りにいた人間を死傷させる天使の降臨。奇跡を期待してその降臨に殺到する「ライトシーカー」。御符を貼ることにより命を吹き込まれるオートマトンと人類再生の希望。神経再生薬の投与により超人的頭脳を持った男の運命。それぞれの短編で描かれる、どれも異形かつ魅惑的な世界。 荒唐無稽に見える一種のパラレルワールド的違和感を、読み進むうちにストーリーに融合させてゆく語り口の巧みさ。数学、物理学、神学、量子力学。科学と歴史と衒学、形而上と形而下の狭間を自在に行き来して作品世界を巧みに補強する博覧強記。そして、誰の胸にも懐かしい痛みを蘇らせる詩情。 「チャンを読まずしてSFを語るなかれ」と帯にあるが、あながち嘘ではない。久々に心地よい衝撃を受けた本。 |