「下山事件〜最後の証言」(柴田哲孝/祥伝社)読了。本屋によっては結構平積みで売れてるようだ。 まだ戦後の混乱も残る1949年。国鉄総裁、下山定則が都内に公用車を待たせたまま失踪。その深夜、常磐線北千住と綾瀬間で轢断死体が発見された。東大法医学のいわゆる「古畑鑑定」で死後轢断との結果が出て謀殺であると大騒ぎに。国鉄は大量人員解雇で大揺れに揺れていたところ。共産主義の台頭により政情が不安であった時だけに、自殺説、他殺説が入り乱れ、戦後の怪事件のひとつとして必ず名前が挙げられるのがこの「下山事件」。 松本清張も「日本の黒い霧」でこの事件を取り上げたし、「謀殺 下山事件」というルポルタージュは映画にもなって見たことがある。昔、最初に常磐線で北千住ー綾瀬間を通った時は、なるほどここがその場所かと感慨深かったのを覚えている。 以前、「下山事件〜シモヤマ・ケース」という本も読んで感想を書いた。「シモヤマ・ケース」には、祖父が下山事件に関係していたかもしれないという、「彼」とだけ呼ばれる情報源が出てくる。今回の「最後の証言」の著者、柴田氏がこの「彼」なのだという。 著者の祖父が勤めていた亜細亜産業は、大陸浪人の残党、右翼、GHQ、ヤクザなど怪しげな人物が終結しては散って行く謎の会社。祖父と、亜細亜産業総帥の矢板玄が下山事件に関与していたのではないかという謎を、同じく亜細亜産業に勤めていたという著者の大叔母やら祖父の弟に取材し、事実と付き合わせることで解明してゆくドキュメント。実際に亜細亜産業にいたという親族の証言はなかなか迫力があり、黒幕と称される矢板玄との会談もまるで小説のように迫真に描かれている。もっとも、あまりにも面白すぎるゆえに、逆にかなり著者の脚色が入っているのではないかという疑念も脳裏を確かによぎるのだが。 単なる事務員として勤めていたはずの著者の大叔母が、あの人は殺し屋だったとか、右翼の大物が来ていたとか、妙に深い事情まで知っており覚えていたのも不可解に感じる点。亜細亜産業がキャノン機関とも繋がりがある政治的謀略機関だったとしたら、ずいぶん機密保持に無頓着な牧歌的時代だったとの印象。魑魅魍魎が跋扈するライカビルのオフィスには、白州次郎まで来訪していたという著者の話も驚き。ただ、白州が写っている彼が主張する写真を見ても、どうも本人に見えないのが疑問点。 先行して出版された「シモヤマ・ケース」の森達也が、著者の親族の証言を自分の説に都合のよいよいに「捏造」したと受取れる記述は興味深い。一緒に取材したにもかかわらず、別の時期に別の本として出すという事実からは、取材、出版の過程で、お互いの関係がこじれたような気配も感じられる。その辺の事情も興味深いが、奇妙なことに取材を一緒にしたはずの森達也に関しては上記以外ほとんど記述がないのだ。 肝心の結論については、国鉄利権と政財界の黒いつながりや、外資の日本進出の企て、吉田茂とアメリカ政府との関わりなど、興味深い点も多々あるのだが、いかんせん肝心の証拠が、結局のところ著者の「叔母がこう語った」という主張だけに帰着してしまうので、個人的には全てをウ飲みにして信じる気にならないというのが実際のところ。ただ、総体として、ミステリーを読むような面白い本ではあった。 余談だが、前回日記に「シモヤマ・ケース」の感想を書いた後、「矢板玄」、「亜細亜産業」、「キャノン機関」をキーワードにする検索が、むやみにたくさんアクセス・ログに残っており、ネットでは結構この辺を調べてる人が多いもんだと薄気味悪く思ったことがあった。そうそう、今回の本だが、Amazonの読者書評では全員が★5つ連発。結構売れてる本だから、絶賛の声があって不思議はないのだが、感想書いた全員が満点てのもなんとなくサクラ臭い。ネットの胡散臭さを改めて嘆息するような現象である。 |