「犯罪は「この場所」で起こる」(小宮信夫/光文社新書)読了。 犯罪が起こると、日本のメディアはまず「原因」を追求する。犯罪者の人格や生い立ち。いじめだ、残虐ビデオやゲームの影響だ、人格障害だ、と。しかしこのような原因追求アプローチは必ずしも犯罪減少に役立ってはいない。この本の著者は、欧米の犯罪研究の興味深い成果を紹介し、犯罪が起こる原因を追究するのではなく、犯罪の起こるチャンスを低減することによって犯罪を減少させる「犯罪機会論」とそれを応用した犯罪被害防止の対策について述べる。 欧米で犯罪研究が進んだのはもちろん各国政府が犯罪に手を焼いているからでもあるのだが、その犯罪研究によって、犯罪は「入りやすく、見えにくい」場所で起こるということがはっきりと分かってきた。この本では、特定の場所での犯罪量は、犯罪機会のコストによって変化する「犯罪の需要(加害)と供給(被害)曲線」の交点で決まるという犯罪量決定グラフが示されている。犯罪者と言えども、犯罪のリスクをそれなりに合理的な判断で評価しているのだ。このような理論を「サプライサイドの犯罪学」というのだそうだが、まるで効用学説を説く経済理論のようで実に興味深い。 このような理論に立ち、場所の環境を変えることにより、犯罪を起こす「機会」のコストを高め、欧米では顕著な犯罪率の低下に成功していたのだと著者は説く。例えば、NY、ブライアント・パークの公園トイレは麻薬売人の巣窟であったが、市当局はここに清掃員を常駐させた。別に屈強な警官ではなく普通のジイサマ。しかし毎日ジイサマを殴りつけて麻薬取引を行い、毎日警官を呼ばれていては麻薬売買がペイしない。この場所での犯罪は引き合わなくなり、麻薬の売人は消え、公園は安全になった。「割れ窓を放置すると近隣の治安が悪化する」という「割れ窓理論」とその応用による都市治安対策について述べた部分も興味深い。ニューヨークの地下鉄から落書きが消え、無賃乗車が消え、拳銃を持って乗る乗客が消えた理由も、いわゆる「犯罪のチャンスを潰して犯罪にかかるコストを高くし、引き合わないものにする」というセオリーに沿っている。 犯罪に強い空間デザイン、犯罪に強いコミュニティ・デザインなど、あちこちの実例が豊富な写真で紹介されているのも面白いところ。そして、著者が犯罪被害防止対策として日本にも導入を提唱しているのが「地域安全マップ」。子ども達自身に町をフィールドワークさせ、「入りやすく、見えにくい」場所、すなわち危険な場所を探させ、地図に印をつけ、その場所がなぜ危険と思うかの理由を考えさせ、子どもの「被害に合わない力を伸ばす」というもの。 「危ない場所に行ってはダメよ」と子どもに説いても、子どもはどんな場所が危ないのか分からない。大人でさえ、どこが犯罪を誘発する場所なのかはっきり理論立てて説明できる人は少ないと思われる。しかし、「犯罪機会論」を知り、何が犯罪量を決定する因子なのかを理解することが「危ない場所」を避ける能力育成に役立つ。 高い塀に覆われた路地、周辺からの視線を感じない暗い公園、壊れた自転車が放置され人通りのない空き地など、実際の場所をカメラで撮影しながら議論する。「地域安全マップ」作成による教育は、大人が自ら属するコミュニティの安全を見直すのにも有用だ。なかなか面白い本であった。 |