「信長の棺」(加藤 廣/日本経済新聞社)読了。 本能寺の変の後、信長の遺骸が発見されなかったのは何故か。信長について唯一の伝記「信長公記」の作者、大田牛一を主人公にして、信長にまつわる謎を追う歴史ミステリー。天下を取った晩年の太閤秀吉より信長の伝記執筆を依頼された牛一が、散逸する当時の記録を元に、元の主君である信長の生涯を回想する形で物語は進む。牛一そのものは実在の人物であるらしいが、本能寺の変の謎、信長の日本統一戦略、桶狭間の合戦の勝利に秘められた謎、秀吉の出自とその正体など、著者の自由なイマジネーションが飛翔して、実に面白い読み物に仕上がっている。 著者の加藤廣は、中小企業金融公庫、山一證券、同研究所などに勤務した経験を持ち、経済・経営関係の著作が多数と紹介にあるが、75歳にして初めて書いた小説が本作だとか。大変緻密な場面の描きこみと、丁寧に吟味されたと思しい文章も印象的だ。帯には、「ここには誰も見たことがなかった信長がいる」とあるが、信長の実像というよりも、秀吉の謎の素顔と本能寺への関与などのエピソードのほうがより印象に残る。もっとも、歴史ミステリーであるから描かれていることはもちろん真実ではない。しかし、ありえたかもしれないひとつのファンタジーとして、説得力を持って見事に成立しているのが素晴らしい。もしも信長が本当に天下を取っていたら、日本はどうなっていただろうか。 |