NY往復の機上で、「動物感覚〜アニマル・マインドを読み解く」(テンプル・グランディン他/日本放送出版協会)読了。なかなか面白かった。 著者のテンプル・グランディンはアスペルガー障害を持つ学者。この症候群は、いわゆる高機能自閉症とも称され、知的障害の無い自閉症の一種だという。彼女は自閉症を抱えながら社会に適応し、動物学を専攻して大学教授になった。この本は、動物がその感覚でいかにして世界を知覚し、認識しているかについて、彼女の研究を元に述べたノンフィクション。 一般に自閉症の人は、他者の感情や情緒を読み取るのが下手であると言われる。しかし、彼女がこの本で鮮やかに描き出す、動物の恐怖や怒り、痛みといった感情の記述には、なるほどと思わせる知的で深い洞察が満ちているのが面白いところ。 「動物ペット好き」の人は、動物に過度に人間の感情を投影する。ペットに対して、「XXちゃん、○○したかったんだよねえ。残念だねえ」などと話しかけて。しかし、この著者の認識には、そのようなウェットな部分がない。動物を「擬人化」して語るのは著者の一番不得手なところである。なぜなら、自閉症の著者には、普通の人の「感情」そのものが自明の心性ではないのだから。 自閉症を持つがゆえに、彼女はその人生の過程において、「人間」の感情や情動をまさに研究対象として、自らの知性で分析・把握・推測して、理解せざるをえなかった。その体験が、動物に過度に人間の感情を投影することなく、まったく違うperspectiveで広がるその世界を、客観的に理解することを可能にしているように思われる。なかなか稀有な本だ。 著者の描く動物の世界は、その世界を客観的に理解した人間でなければできない理知的な洞察にあふれている。しかし、各種のエピソードに、確かにその通りと思う説得力があり、暖かみがあるのは、著者が本当に動物が好きなことがよく伝わってくるからだ。肉食獣に狩られる立場であった牛や馬は、臆病で敏感だが、好奇心にあふれている。牧場で著者が無防備に横たわると、好奇心にあふれた牛達は、おずおずと著者の匂いを嗅ぎ、身体を舌で舐めにやってくる。馬はやさしくされるのが好きで、やさしくしてやると人間にもやさしく接してくれる。しかしひどく扱うと深い心の傷を与え、一生役に立たなくしてしまうのだと著者は語る。動物を巡る細かいエピソードが興味深い。 著者が自分自身の不安を和らげるために考案した「人体加圧機」の話を読んで、なんだか記憶にある話だなあ、と引っかかっていた。後書きを読んで突然記憶が蘇る。そう、ずいぶん前に読んだ「火星の人類学者」という本の中で、この「加圧機」のエピソードとが取り上げられていた。表題の「火星の人類学者」とは、自閉症を抱え、自分とは同じ存在と思えない生物を理解しようとする著者のことである。なんだか懐かしく、再び文庫本をamazonで注文。その他、自閉症関係の著作も勉強しようと何冊か同時に発注。 |