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2006/07/27 「我、自閉症に生まれて」と「クローム襲撃」

「我、自閉症に生まれて」(テンプル・グランディン/学研)読了。先日読んで感想を書いた「動物感覚〜アニマル・マインドを読み解く」と同じ著者の自伝。

アスペルガー症候群、いわゆる高機能自閉症の障害を持って生まれたゆえに幼少時から苦しんだ周囲の無理解と差別。しかし、自分が他者といかに変わっているかを理解し、社会と折り合いをつける努力を続けた著者は、学者としても経営者としても自立を果たした。その知性と勇気には素直に感動する。巻頭の辞を書いたバーナード医学博士は、「この本の全編を通して輝いている不屈の魂が、読者に人間であることの誇りを与えてくれるだろう」と書いている。確かにその通り。著者の母親が、教師や医者に書いた手紙も随所に掲載されているのだが、愛娘の努力と才能を信じ、愛情にあふれた助力を与え続けた情愛にも頭が下がる。

著者の「締め付け機」への執着も、一種異様だが興味深い。自閉症の子供は赤ん坊の頃から身体的接触を嫌い、たとえ母親にであろうと抱かれると嫌がる。著者も、母親や叔母に抱き締められることが我慢できない。しかし、牛をおとなしくするために設計された機械に入り、静かに身体を締め付けられると心からリラックスすることを発見する。人間との接触には我慢できないが、無機質な機械に抱き締められるとリラックスするという心の不思議。

これを読んで思い出したのが、ウィリアム・ギブソンのSF短編集、「クローム襲撃」に収められた「ドッグ・ファイト」という作品。

勉強に集中させるため、人間との身体接触に嫌悪感を抱くような頭脳改造プログラム(ブレイン・ロック)を両親に強制された少女。とある流れ者の少年と仲良くなるのだが、ほんの少しの皮膚の接触でも彼女には我慢ができない。しかし、少女は大きなテディ・ベアを抱き締め、少年は少女の空のワンピースを手に持ち、身体を接触させないよう、互いに見つめあって部屋の中で踊るのだ。映画にしても成立する印象的なシーン。もっともこの設定は、物語のラスト、少年の暗い蹉跌へと繋がってゆくのだが。

巻頭作、「記憶屋ジョニー」の主人公も、サバン状態になって記憶を保持する人物。ギブソンのストーリーや人物描写には、あちこちに自閉症の症状が投影されているのかもしれない。Amazonで注文して読み返したのだが、「冬のマーケット」も「ニュー・ローズホテル」も素晴らしい。シャンパーニュの泡の煌きのように物語のあちこちにちりばめられたギブソンの才能は、刊行から20年が経ってもまったく光を失っていない。