「星新一 一〇〇一話をつくった人」(最相葉月/新潮社)読了。日本SFを牽引した巨星にして、ショートショートという小説分野を確立した星新一の没後、もう10年なのだそうである。この本は、著者が関係者に丹念に取材し、実業家にして政治家であった星一の息子として生まれた星新一が、いかにして小説家となったかの生涯を辿ってゆくノンフィクション。 星新一の単行本が売れたピークというのは、もう20年から30年以上前ではなかっただろうか。57歳でショートショート1001作目と称する短編を同時に複数の出版社に渡してからは、実質的に小説の執筆から引退していたのだそうである。確かに晩年はほとんど名前を聞くことはなかった。 私自身が最初に星新一のショートショートを読んだのは小学校高学年の頃。なぜだから忘れたが、親父が面白かったからと短編集を一冊くれたのであった。「ようこそ地球さん」だったか、あるいは「ボッコちゃん」だったか。それからずいぶんはまって、中学生の頃にはほとんど単行本を制覇。フレドリック・ブラウンなどの海外SF短編にはまったり、SFマガジンも読んで、小松左京や平井和正など日本SFもずいぶんなど読むようになっていた。 ちょうど高校の時、ある国語教師が、「君達も、星新一なんて幼稚な本を読むようではいかん」などと授業中に言ったのだが、私自身はすでに星新一は卒業していたものの、「まあ、高校国語教師のお前なんかよりも、ずっと立派なものを書くんだがなあ」と心中深く、この教師を軽蔑したものだった。教師というのもなかなか因果な商売である。 軽い自伝的エッセイである「きまぐれ星のメモ」やら、父親の伝記である「人民は弱し、官吏は強し」なども読んだことがあるのだが、この本で明らかにされる、星新一が作家の道を選ぶまでの前半生がなかなか興味深かった。星新一は、父親が創業した星製薬の御曹司。父親が急逝し、若くして社長としてその後をつぐ。しかし多大な借金をかかえた大会社の経営は、そもそも会社経営にあまり興味がなかった星新一の得意とするところではなく、結局のところ経営権と会社を手放してしまうことになる。この大きな挫折を抱えて、彼は小説家になる道を選択する。 日本SFの黎明期を支えた巨人として有名だが、シニカルに、一歩離れたところから皮肉やジョークを連発する性格は、やはり若い頃の挫折体験と無縁ではないだろう。江戸川乱歩や矢野徹との交流など、小松左京の自伝、「SF魂」に描かれたより、時代的にやや前にあたる日本SF創生期のエピソードが実に面白い。 ショートショート執筆に葛藤する姿もあれこれ描かれているのだが、毎回優れた短編を書くということは実に大変なことだ。連日深夜にわたり、アイデアと格闘し、焼き直しの誘惑と戦い、何段階にも渡る推敲の上で完成作品を仕上げる。そして、興奮して冴えきった頭を鎮めるために酒と睡眠薬に頼る生活。57歳で休筆してから急速に年を取ったようだとは本書にある夫人の感想だが、やはり精神と肉体を共に極限まで痛めつけていたのだろう。昔愛読したショートショートを久しぶりに読み返したくなった。 |