青山圭秀著「愛と復讐の大地」読了。昨日も書いたが、何年か前に出た、この人の「理性のゆらぎ」は、アーユル・ヴェーダに始まるインド古代医学やインド占星術に傾倒した筆者がインドに渡り、サティア・サイババにあうまでの魂の遍歴を描いた一種のルポルタージュだが、筆者が、理学、医学と2つの博士号を持った科学者である事も手伝ってか、結構売れて、サイババブームの発端になった本だった。
もっとも、この人は、科学者の割には、インド占星術とか、サイババの物質化現象とかを、あっけなく信じてしまうナイーヴなところがあって、失礼ながら、あれに似てるね。オウムの林郁夫被告。基本的に善人で、優秀かつ真面目なんだけど、とんでもない事をまともに受け取って信じ込んでしまう。
彼がこの後に出版した「アガスティアの葉」と言うのは、インドには古代聖者が何千年も前に植物の葉に書き残した予言書があり、親指の指紋をキイにして、自分の現世のすべてがあらかじめ予言されているその葉を探し当てる事が出来ると言う本。実際に筆者はインドで、自分の名前とその未来が記述されたそのアガスティアの葉を見つけた、と言う驚愕の事実が書かれている。
ところが、これには、実際に自分たちもその葉を見つけにいったアメリカ在住のライター2名による「アガスティアの葉の秘密」と言う暴露本が出ている。インドのマドラスに行くと、まるで土産物屋のようにこの手の店が何軒もあるそうだ。で、日本人と見ると「アオヤマはうちに来た。ここ、ここ。」と口々に呼び込みをやっている。神秘なムードはゼロ。インドの商魂は逞しいなあ。
どうやら何万枚もある葉を探す為に、という理由で最初に2時間ばかし質問ぜめにされるのだが、その質問から名前や何やらを導き出して、裏で葉に古代の文字で記入。「ほれ、お前の名前がここに書いてある」と示してびっくりさせて商売してるらしい。その証拠に、あらかじめでたらめな名前や家族構成を設定して覚え込んでから店に行くと、そのでたらめな偽名で葉っぱが出てくる。要するに悪質な騙しなんですな。
で、この「愛と復讐の大地」と言うのは、著者がうかつにも現地のインド人の言う事を間に受けて、研究に使う為の金塊をスーツケースに入れたままインドに入国しようとして、税関で密輸の疑いを受けて逮捕され、結局4週間近くにも及ぶ刑務所暮らしを強いられた時の実話を描いた本。
実際、インドの税関官僚や刑務所の看守等の腐敗度合いは実にひどく、刑務所の内情もすさまじいものだ。裁判制度もあって無きがごとしで、処理効率も悪く、一度入ると何時出られるかも分からない。インドの内情を知る本としては実に面白い。普通、インドの刑務所の内部なんて分かりようがないものなあ。
しかし、今までインド古代医学に傾倒して精神世界の師を求めてインドを放浪し、インドを愛してさえいた著者が、当のインド人達に完膚なきまでに、だまされ、裏切られ、食い物にされる。この非情な現実を見ると、インドの光と闇、清浄と汚辱、聖と俗、善と悪、そのどちらの側もが、日本では想像も出来ないほど深い事に、ただ嘆息せざるを得ない。
こういう社会の問題を作っているのは、ひとつにはインドに今なお残るカースト制度にある事は事実だ。しかし、東インド会社設立に始まる大英帝国の情け容赦ない徹底的な富の収奪が、遠い過去にいくつもの精神文明を生み出して来た古き聖地をここまで疲弊させてしまった事は否定できない。作者の青山氏は、いまだにこの時のトラブルを引きずっていて、インドのビザは何度申請しても降りない状況だが、いまだインドへの思いは絶ち難いようだ。