旭屋書店をブラブラして新刊書を物色して4点購入。
「モサド」。元スパイが真相を語るなんて本は、だいたい買ってるなあ。イスラエルの諜報機関だが、アルゼンチンに亡命してた元ナチのアドルフ・アイヒマンを、もうジイサンなのに執念深く追跡、イスラエルに拉致して処刑したのが衝撃だったなあ。
「前日島(ぜんじつとう)」という漢字3文字の書名は、翻訳物に思えない斬新な題名だと思うけど、ウンベルト・エーコの本だと分からない人が続出して、売上に影響あるのでは。私は書店に貼ってあったポスターで気付いたのだけど。
帰宅して、「マグダラとヨハネのミステリー」を読み進める。この著者達はジャーナリストだが、以前、「トリノの聖骸布」はレオナルド・ダビンチが当時の日光写真を使って偽作した作品だ、という本を書いており、読んだことがある。
「聖骸布」は、去年、放射性炭素による年代測定をうけて、その布が作られたのは、せいぜい13世紀から14世紀という結果が出ているから、年代的にはダビンチが製作したとしてもおかしくはないわけだが。
で、この本は、またダビンチの「最後の晩餐」の構図の謎から、マグダラのマリアと洗礼者ヨハネに焦点を当てて、従来のキリスト像を見なおそうという試み。4世紀のニケーア宗教会議で、正式に残すべき福音書が決められてから、他の文献はすべて異端とされてしまったから、もはや歴史に存在したイエス像を聖書の記述のみによって求めるのはほとんど不可能といっていいのだが、イエスの教えの源流をエジプトのイシス信仰に求めるところは、一種のファンタジーとして、なかなか興味深い。
「消されたファラオ」(グレアム・フィリップス/朝日新聞社)なんかを読むと、エジプト新王国時代、紀元前14世紀のアクエンアテンによるアマルナ遷都と唯一神アテン信仰を導入した宗教改革は、古代ユダヤ教のヤハウェ信仰の影響を受けたもので、旧約にあるモーゼのエクソダス(エジプト脱出)に書かれた数々の奇跡は、地中海にあるサントリーニ・テラ島の大爆発による天変地異であったと推測している。こういう仮説をそのままに信じるならば、ユダヤ教・キリスト教とエジプト文明は、その根本のところで深く結びついているわけだが、なかなか面白い説だ。
もっとも、もっと話のスケールの大きい人がいて、以前読んだ本では、エジプトの唯一神アテン信仰は、その後ユダヤ教、そしてシルクロードを経て、中国に景教として伝わり、それが日本に渡来した。3種の神器のひとつ「ヤタの鏡」は、もともとはアテンを称える太陽円盤で、正倉院に保存されている鏡には、古代ヘブライ語で、「我は在って在るもの」をいう旧約聖書の一節が刻まれているのだという。確か、松居クルスとかいう人の本だったな。
ま、真偽のほどは別として、ちょっとだけでも真実味があれば、こういう荒唐無稽な話を読むのは大好きだ。はは。 |