日比谷で昨日初日の「インサイダー」を見た。アメリカの巨大タバコ産業に勤務していた研究部門の副社長であった科学者が、CBSの有名番組「60ミニッツ」に出演し、タバコ会社の内幕を暴露した実話に基づく映画。
巨大タバコ産業の内部では、タバコの害を証明するデータを隠していた。もっと売るために(つまりもっと中毒を増やすために)ニコチンの量を科学的にコントロールしようとしていた。香料に使う物質の発ガン性を知りながら、内部の反対を握りつぶし使いつづけていた、などなどの衝撃的なスキャンダルが暴露されたのは、実際にあった話である。
主演のアル・パチーノは、もう還暦のはずだが、そんな年には見えない。タバコ産業を告発する、元研究開発部担当副社長を演じたのはラッセル・クロウ。彼は、勤めていた会社を裏切ったために脅迫され、訴訟や捏造されたスキャンダルによって、家庭崩壊に追い込まれる。それでもなお、自らの正義感を貫いて証言を行うこの人物の、人間的な弱さや強さが入り混じった、揺れ動く心理を演じきって素晴らしい出来。
さすがに実話を元にしただけに、人物や会社、番組や新聞の名前もすべて実名で出てくるところに迫力があり、報道機関のモラルの内幕にまで踏みこんだ、重厚で骨太な社会派ドラマに仕上がっている。派手な盛り上がりに欠けるのは、実話を元にした映画の通例でもあるが、脚本はよくできており、2時間38分を飽きさせない。
ただ、まあ撮影だけについて言うと、画面は常に薄暗く陰鬱だ。カメラ直前の被写体以外は、すべてボンヤリとピントがぼけている、こういう映像は、あんまり好みにあわない。
内部告発者による陰謀の暴露と、本人や報道機関へ圧力がかかってくるというストーリーは、ニクソンのスキャンダルを追う新聞記者を描いた「大統領の陰謀」と似たところもある。こういう社会正義を貫く調査報道が日の目を見るというところは、アメリカのメディアに残る、ある種の理想主義的良心と健全性の現れだ。ま、全部が全部そうというわけではないにしても。
タバコの害については、前に「タバコ・ウォーズ」を読んだ時の日記にも書いたが、この映画のワイガンド博士の証言以後にも、さまざまな内部告発が相次いでいる。
研究開発面での情報隠蔽以外にも、若年層をターゲットにしたマーケティングに大金をつぎ込みタバコの拡販を計るなど、タバコ産業というのは、合法的な麻薬を売って、人間の中毒で儲けてるのだから、まったく悪魔のごとき商売である。もっともアメリカでは次々と規制が成立して、タバコのCMは全面禁止。社会全体がこうむった健康面での被害に対して天文学的な賠償金支払いを迫られるなど、この産業の将来は決して明るいものではないよなあ。
映画館を出ると、いつの間にか小雨模様。地下鉄の駅に急ぎながらタバコに火をつける。巨大タバコ産業の陰謀を描いた映画を見た後でさえ、映画館から出た後のタバコってのは格別だ。ニコチンの魔力恐るべし。ははは。<それがあかんっちゅうの。 タバコ会社が儲け倒した利益の中から巨額の賠償金を払うのは自業自得だが、全部倒産してしまって、この世からタバコが無くなっても困るのだよなあ。いや、まあ、禁煙したらそれで済むわけなんだけど。 |