MADE IN JAPAN! 過去ログ

MIJ Archivesへ戻る。
MADE IN JAPAN MAINに戻る

2000/12/03 「 ストレイト・ストーリー」

昨日の夜は、DVDでボンヤリと「ストレイト・ストーリー」を見た。アイオワ州の田舎に住む73才の老人アルヴィン・ストレイトが、長年仲たがいしていた兄が脳卒中で倒れたと聞き、10年ぶりの再会を果たすため、時速8Kmのトラクターで、遥かはなれたウィスコンシン州を目指すというストーリー。

実話を基にした脚本らしいが、実際のところ、映画はsimple and straight で、素朴な美しさに満ちている。トラクターでゆっくりと進む道筋にどこまでも広がる秋のコーン畑と地平線。満天の星空。アルヴィン・ストレイトを助け、そしてアルヴィン・ストレイトに癒される人々との心の交流。

アメリカのハートランドと呼ばれる中西部の美しい自然の中に生きる、無骨だがおおらかで気のいい田舎のアメリカン達。監督のデヴィッド・リンチは、脇役の俳優を、地元のシカゴやミネアポリスで探したらしいが、俳優達は、みんな骨太で実にリアルである。そういえば、この映画に出てくるのは白人ばかりだが、アイオワやウィスコンシンの田舎というのは実際にそういう場所だ。

主演のリチャード・ファンズワース自身も80歳の老人で、同時収録のインタビューで好きな監督を訊かれて、「ハワード・ホークスとは1940年代に仕事したが、一番好きな監督だ。ジョン・フォード、セシル・B・デミルも大好きだ」と述べているのがなかなか可笑しい。どの監督もとっくの昔に永眠した、アメリカ映画の伝説の巨匠。やはりスジがね入りのオールドタイマーだなあ。

アメリカの田舎で、自ら耕し、収穫し、溶接し、修理し、すべての生活を独立独歩で生き抜いてきた、貧しいが岩のような存在感のある老人。これは、パパ・ヘミングウェイに見られるようなアメリカ的老人の一種の理想的原型であるが、リチャード・ファンズワーズは実にはまり役だ。

自転車レース中の若者のキャンプで、歳とって悪いことはなんだと訊かれたストレイトは、「You know. the worst part of being old is remenbering when you were as young」(年とって、一番悪いことってのは、今でも若かった時のことをそのまま思い出すってことかな)とサラリと答えるところなんかは、実に年齢を重ねた俳優でなければできない含蓄がある。

アルヴィンの娘役を演じたシシー・スペイセクも、頭はちょっとヨワイが、朴訥で気立てのよい田舎の女を見事に演じている。心に負った傷を感じさせる吃音気味の独特のしゃべりかたや表情など、計算された演技が実にリアルで、うまいもんである。

もっとも、この映画には、デヴィッド・リンチ作品のファンならおなじみの、殺人や異常愛などの、フリークス・カルト系の雰囲気はまったく感じられない。あえて言えば、鹿を轢き殺す場面くらいだろうか。なんとなくリンチ臭いのは。

リンチがこういう素朴でシンプルな物語を撮るというのは、ひとつのあっけにとられるような新鮮な驚きではあるのだが、もしも、無名な監督がこれを撮っていたら、昨年のアカデミー賞でも、ひょっとして何か受賞したのではないだろうかという気がする。ハリウッドは、保守本流ではない成功者がアカデミー賞狙いをすると冷淡である。ま、スピルバーグも苦労したのだよなあ。

主演のリチャード・ファンズワースは、本年10月に永眠。しかし彼の演じたアルヴィン・ストレイトは、これからもビデオやDVDで人々の記憶に残り、生きつづけてゆく。それが映画の力である。