「マルホランド・ドライブ」を観た。マルホランド・ドライブはLAにある山岳ハイウェイの名前。 その昔、『マルホランド・ラン 王者の道』という映画があった。デニス・ホッパーが、死と隣り合わせで、山道を走ることに命をかける破滅型の人物を演じ、B級ながら、妙に印象に残る映画だったが、この映画の冒頭でそれを思い出した。 夜のマルホランド・ドライブを走るリムジンの後席には、ゴージャスな美女がひとり。車が急に止まり、いぶかる女に運転手がつきつける拳銃。しかし、このリムジンに山道で公道レースをしていた無法者の車がたまたま激突。2台は揃って崖下に転落。女を殺そうとした運転手は死亡し、命からがら車から這い出した女は、あまりのショックに記憶喪失におちいっていた。 いきなり観客の前に投げ出される衝撃と謎に満ちた導入部。記憶喪失の女は、空いていたアパートメントに逃げ込み、たまたま留守番に来ていた女性(ナオミ・ワッツ)と出会い、記憶を取り戻そうと探索を始めるうちに、謎の死体と出会う。 サスペンスと謎に満ちた映画は、ここまでは快調に観客を引っ張ってくる。しかし、ここから先は、いかにもデビッド・リンチ風。物語は歪み、パラレルワールド風SFの雰囲気も醸し出しながら、デジャヴと悪夢の衝撃が交錯する、訳の分からんものになってゆく。 まあ、しかし、一番の驚きは、映画を見終わった後で、パンフレット読んで知った事実。この映画の母体は、TVシリーズを売り込むためのパイロット・フィルムで、死体を見つけるところまでしか撮っておらず、映画に作り変える際も、そもそもリンチ監督は、結末をナニも考えてなかったのである。<結末はちゃんと考えとけよ! ははは。 アメリカのTVシリーズというのは、ま、えてしてそういうもんで、とりあえず謎とツカミ満載でシリーズを始め、人気が出たら結末を考える。それまでは、謎解きが次の謎を引っ張って、延々と続くのである。「ツイン・ピークス」もそうだった。 ストーリーとしては、やはり破綻している。というよりも、そもそも、ストーリーを収斂させることに重きを置いていない映画だ。しかし、映像そのものは、デビッド・リンチ的不思議な衝撃とサスペンス、そして上質の映画的興奮に満ちている。 ハンバーガーショップで、悪夢について延々と語る男。エスプレッソを一口飲んでナプキンに吐く謎の外国人プロデューサー。場末の劇場で切々と歌う、レベッカ・デル・リオ。映画監督に指令を告げに来る、死人の目をした”カウボーイ”。 それぞれのシークェンスは、ただ観客の前に投げ出され、つながりの説明も謎解きもされない。しかし、画面に満ちた不思議な緊張感によって、すべての場面から目が離せない。息詰まるようなテンションと陰影にあふれた映像。そして、グロテスクで奇怪な存在感のある俳優達と奇妙な演出。 粘着質なリンチの演出と撮影は、ナオミ・ワッツとローラ・へリングの絡み、特にパーティーでの「レズビアンの嫉妬」場面でも圧巻だ。とてもTVシリーズでは放映できない。上映時間は長く、ストーリーは錯乱している。しかし、画面を見ていて、まったく飽きないというところが凄い。あと1時間長くても見ていられるだろう。デビッド・リンチ監督の、個人的な変わった趣味が爆発した怪作と言おうか。 映画館はガラガラであったが、実に面白い映画だった。しかし、この映画を見てると、「リンチは映画界にひとりも友人がいない変わり者」という評は、つくづく本当であろうと思わせる。やっぱり、「ストレイト・ストーリー」は、アカデミーが欲しくて転向した本意ではない映画だったのかも。結局、賞は取れなかった訳で、ある意味、骨折り損であった。 |