本日は、会社お休みでのんびり起床。世の中は平日であるから、普段行けないところに行ってみるか。銀座の超有名寿司屋「すきやばし次郎」に電話。昼のカウンターを予約した。 朝風呂に入ってのんびりしてから、定刻30分前にタクシーで銀座へ。店の入口は写真で見たことがあるが、入ってみると意外に間口が狭い。本で顔を見たことのある、親方の次男が帳場に。後で分かったが、予約無しの一見がフラっと来た時に、入れるかどうか親父に確認する門番の役目も果たしてるわけである。 店に入るなり、まだ座ってないのに、「はい、オシボリ1丁」との声が裏にかかる。まあ、この時点で、やたらに進行が早いなあと感じたわけではあったが。 座った席は、この店のオーナー、「すきやばし次郎 旬を握る」で有名な小野二郎の真正面。小野は大正14年生まれだから、すでに76歳。すっくと背筋が伸びて、印を結べば千手観音の仏像を思わせる容貌。ビールを1本頼んだところで、「握りますか」と聞かれる。「では、おまかせでひと通り」とお願いすると、千手観音が、いきなり大車輪で次から次へと握り出した。誰もこれを止めることはできない。 握りはすべて煮切りを塗って、1貫づつ出てくるのだが、そのペースの速いこと速いこと。まるで握りマシーンである。平均するとおよそ1分ちょっとの間隔で、次々に握りが目の前に出てくる。出てくると、すぐに食わねば悪いような気がしてすぐに食べる。それにしても忙しいな。 数分後に、同じく「おまかせ」の2人組が横に座ったのだが、3人同時に握ることになっても、千手観音の握る速度はまったく衰えない。悪く言えば、客の都合なんぞお構いなしに、自分のリズムだけで握ってるわけであるが。 ヒラメ、スミイカ、シマアジ、マグロ赤身、中トロ、大トロ、コハダ、アジ、サヨリ、サバ、クルマ海老、ウニ、イクラ、ミル貝、赤貝、小柱、ハマグリ、アナゴ、玉子とアッという間。 ここで、「はい、一通り出ました」と千手観音から声がかかる。この時点で、席についてからまだ25分。追加でカンピョウ巻きを注文。仕上げにお茶を一服すると、千手観音から、「これで、よろしいですか」と声がかかる。うなづくと、「はい、オシボリ1丁!」と、ヤケドしそうな食後のオシボリが即座に運ばれてくる。 ま、こうなると長居できる雰囲気ではない。「どうも、ごちそうさま」と観音様に声をかけて早々に席を立つと(危うく合掌するところであったが)、「おひとり様、リャンコ!」の符丁が帳場に飛ぶ。「2万円です」と言われて、キャッシュで支払い(この店はカードが効かない)外に出ると、ちょうど店を入ってから計ったようにキッチリ30分であった。 寿司は素晴らしい。素晴らしいが、30分の滞在で2万円というのは、時間単価にすると、まず日本一高い寿司屋だ。アレヨアレヨという間に寿司を詰めこまれて、ハイ1丁上がりと工場の生産ラインから押し出されたような心地すらするが、これが「小野二郎」マジックであろうか。 隣の2人組は、何度も来てる客のようで、店にお土産まで持って来てたのだが、寿司がポンポコ出されるペースは私のと同じ。私のちょっと後には、「もう、よろしいですか」と千手観音に引導を渡されていた。別に一見の客だから早く追い出すというのでもなさそうだ。この昼の予約だって、店の連中の会話を聞いてると、あと2組入ってるだけだから、早く席を空けなければならないということもないだろうが。 ま、要するにこの店の段取りのすべては、親方、小野二郎が心地よく感じるペースで流れるのである。お客が心地よいかどうかはあんまり関係がない、ということが実地に分かって収穫であった。ま、よほどの常連なら、例外があるのだろうが。 そうそう、肝心の寿司の味について記録しておかなくては。 本で見たあのネタ箱が、自分の目の前にあるのには単純に感激。握りは、口中に入れれば、ハラリとほどける絶妙の柔らかさ加減。魚の素材も、どれも素晴らしい。 「同じ水準のは、他でも食べたことがある」というネタはいくつかあった。「これは個人の好き好きだな」という仕事のネタもある。しかし、「これは、どこそこのほうが確実に美味い」というネタは皆無である。考えてみるとこれは凄いことだ。他の寿司屋に負けないこと、失点が少ないことを主眼に仕事をしたら、おそらくその究極がこの「次郎」のような店になるだろう。 そして、「他の寿司屋では食べたことがない」素材が、確かにあることも凄い。特に感動したネタについて特筆しておこう。 ヒラメ:こんなに上品に脂の乗った白身は食べたことがない。特にやや柔らかめの握りと抜群によく合う。ま、これで値段がもう少し安くて落ちつければ、通いつめるところであるが、30分2万円ではちょっとねえ。 しかし、高名な小野二郎が生きてるうちに、是非行こうと思ってた店に行けて大満足。これで、あの親父がいつ引退しても、「オレは、あの『すきやばし次郎』の小野二郎に、目の前で握ってもらったことがあるんだ。文句あるか」と威張れるわけである。<別に威張らんでもエエがな。ははは。 |