昨日の夜は仕事がドタバタして会社を出ると8時40分。夕食も取ってなかったので試みに「しみづ」に電話。しかし満席。「9時半頃から如何ですか〜?」と奥さんは明るく言うのだが、もう会社は出てしまったし、50分も外で時間つぶすのもなあ、ということで辞退申し上げる。 「新橋鶴八」に電話すると席は空いていた。先週もこのパターンだったな。 菊正の冷を飲みながらちょっとだけツマミ。シマアジは実に脂が乗っている。くどくなるギリギリ、踏みとどまった美味さというか。今シーズン初めてのブリ。脂はやや薄いが身は新鮮で旨みがある。これから寒くなるにつれて旬となる魚。冬の金沢でまたブリを食べたいもんである。 だいぶお客が帰って空いてきたので、前回の日記で触れた、「鮨を極める」(早瀬圭一/講談社)について親方と雑談。 「もう買ったんですか。早いですね」と親方。聞いてみると、この店でも100冊買ったのだとか。 ある程度売れないと文庫本にならず、版が破棄されて本が残らない。残したい本だから店でも買ってくれと著者に言われ、昔からお世話になってるお客でもあり、まとめて購入したそうだ。「半額でお分けします」というのだが、もう本屋で買ってしまった。損したな(笑)。しかし、取り上げた寿司屋16店に100冊づつ売ってるとしたら、すでに1600冊売れてることになる。 本の中で2代目よりも初代親方のことばかり書いてあった神保町「鶴八」の想い出もあれこれ。先代の師岡親方は、寿司屋になる前の若い頃は相当やんちゃで、脇腹に刺された古傷があったとか、昔暴れてた頃の仲間がその筋ではどんどん偉くなって、晩年は相当顔が利いたとか。営業の最中に夫婦喧嘩を始め、(当たらないように注意してではあるが)奥さんに包丁を投げつけたら包丁が壁に当たって折れ、お客のほうが青くなって、奥さんにとにかく謝ってくれと懇願したなど、色々凄い話を。はは。 「神田鶴八鮨ばなし」にも書いてないエピソードは、小僧として16年も師岡親方に仕えた石丸親方ならではの話。「鮨ばなし」は、出版社の担当が営業時間中や時間外にテープをずっと回し、長時間収録した師岡親方のテープから起こして編集したらしい。結構大変な仕事である。 「『鮨を極める』には、「新橋鶴八」が好きになるような、実によいことが書いてありましたね」と誉めると、「すきやばしの親父にも、なんかずいぶん誉めてあったなと言われましたよ」、「ま、小僧の頃から私を知ってる人ですから」とテレながら親方はカンピョウを巻くのであった。出版社からも自伝書いたらとも言われるらしい。しかし、2番煎じでもねえ。と断っているとか。無骨だが真面目で一本気。古武士の風格のする職人だ。 |